助成金の不正受給はなぜバレる?
雇用調整助成金・人材開発支援助成金の実例から見る「危険な申請」

「助成金を使えば、会社の負担を大きく減らせる」

人件費、社員研修、リスキリング、賃上げなど、企業を支援する助成金は数多く存在します。

一方で、助成金をめぐって毎年のように問題になっているのが、不正受給です。

しかも、不正受給というと、

「最初から国を騙すつもりだった悪質な会社」

をイメージするかもしれません。

しかし、実際に公表されている事例を見ると、問題になっているのは非常に具体的です。

例えば、

  • 実際には休業していないのに休業したことにする

  • 実際には支払っていない休業手当を支払ったことにする

  • 賃金を引き上げていないのに引き上げたことにする

  • 雇用していない人を雇用したことにする

  • 実際とは異なる売上高を申請書に記載する

  • 研修費用を実質的に負担していないのに、全額負担したことにする

  • 研修会社から「協力金」などの名目で資金を受け取っていた

といったケースです。

そして現在、特に注意したいのが人材開発支援助成金です。

厚生労働省は2025年12月、訓練会社から資金提供を受け、実質的に訓練費用を負担していないにもかかわらず助成金を申請していた事案について、
191事業所、約20億円の不正受給を認定したと公表しました。

この記事では、実際に公表された事例を取り上げながら、

「何をすると不正受給になるのか」

「なぜ発覚するのか」

「不正受給すると会社はどうなるのか」

を具体的に解説します。


1.そもそも助成金の「不正受給」とは?

厚生労働省は、不正受給について、事業主等が「偽りその他不正の行為」によって、本来受け取ることのできない助成金を受給したり、受給しようとしたりすることとしています。

重要なのは、代表者本人が直接虚偽申請をしていなくても問題になる場合があることです。

代表者だけでなく、

  • 役員

  • 従業員

  • 代理人

  • 申請書類の作成に関わった者

などが不正行為を行った場合も、事業主の不正行為とみなされることがあります。

つまり、

「社長は知らなかった」

「担当者に任せていた」

「社労士が申請した」

というだけで、必ず会社の責任がなくなるわけではありません。


2.実例① 雇用調整助成金で約1,500万円

まず、雇用調整助成金の実例です。

神奈川労働局が公表した事例では、飲食業者について、

実際には休業していないにもかかわらず、休業したとする申請書類を作成

し、さらに、

実際に支払った休業手当より高い金額を支払ったことにして申請

したことが不正受給と認定されています。

返還を命じられた金額は、

14,982,108円

でした。

約1,500万円です。

この事例から分かるのは、助成金の審査で重要なのは「申請書がきれいに作られているか」ではなく、

申請書に書かれた内容と会社の実態が一致しているか

ということです。

例えば、

「4月10日は休業しました」

と申請していたとしても、

  • 勤怠記録

  • 給与計算

  • 賃金台帳

  • 業務記録

などと整合しなければ、問題になる可能性があります。


3.実例② 約4,146万円の雇用調整助成金

さらに金額が大きくなると、経営への影響は一気に深刻になります。

神奈川労働局が公表した総合工事業者の事例では、

休業していないにもかかわらず、休業したとする書類を作成して雇用調整助成金を受給

したとして、

41,460,508円

の返還が命じられています。

4,000万円を超える金額です。

注目すべきなのは、この事例が自主申告として公表されている点です。

「自主申告だから問題にならない」という意味ではありません。

不正受給である以上、返還等の措置は必要です。

しかし、過去の申請について会社自身が問題に気付いた場合、

「何もせず放置する」以外にも選択肢がある

ことを示す事例でもあります。

厚生労働省も、不正・不適正な受給について自主申告を案内しています。


4.実例③ 約6,700万円の返還

さらに大きな事例があります。

神奈川労働局が公表した飲食店のケースでは、

雇用調整助成金:48,946,949円

緊急雇用安定助成金:18,327,295円

の返還が命じられています。

合計すると、

67,274,244円

です。

約6,700万円になります。

このケースでも、休業していないにもかかわらず、休業したとする書類を作成したことが問題になっています。

ここから経営者が学ぶべきことは明確です。

「少額だから大丈夫」という問題ではない

ということです。

金額が大きくなれば、当然ながら会社の資金繰りにも重大な影響を与えます。


5.人材開発支援助成金にも不正受給がある

ここからが、今回の記事で特に注目したい部分です。

助成金の不正受給というと、雇用調整助成金を思い浮かべる人が多いでしょう。

しかし、

人材開発支援助成金でも重大な不正受給事案が発生しています。

人材開発支援助成金は、企業が従業員に職務に関連する専門的な知識・技能を習得させるための訓練を実施した場合などに、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部などを助成する制度です。

ところが、この制度を利用して、

「研修費用を実質的に無料にする」

ような仕組みが問題になっています。


6.人材開発支援助成金の実例――「研修費用を実質無料」にする仕組み

厚生労働省が公表した事案では、

訓練を申し込む企業が訓練会社から資金提供を受け、

その資金を訓練経費の支払いに充てることで、

実質的には訓練経費の全額を負担していない

にもかかわらず、助成金を申請していました。

イメージするとこうです。

通常の人材開発支援助成金

会社

↓

研修会社へ研修費を支払う

↓

会社が実際に研修費を負担

↓

一定の要件を満たす

↓

国に助成金を申請

という流れです。

ところが問題となったスキームでは、

会社

↓

研修会社へ研修費を支払う

↓

研修会社から会社へ別名目で資金提供

↓

結果として会社の実質負担がなくなる

↓

それでも「会社が訓練費用を負担した」として助成金申請

という形になっていました。

つまり、

形式的には会社が研修費を払っているが、実質的には負担していない

という状態です。

ここが非常に重要です。


7.「協力金」「キャッシュバック」でも安全とは限らない

現在、厚生労働省はこの問題について明確に注意喚起しています。

例えば、

  • 教育訓練機関から金銭を受け取る

  • 宣伝協力の謝礼として金銭を受け取る

  • 「訓練は実質無料」と説明される

  • 訓練前後に金銭を受け取る

  • 研修を受講する見返りに製品を無料・割引で提供される

などの場合、会社が訓練経費を実質的に全額負担していなければ、支給要件を満たさない可能性があります。

つまり、

「研修費を一度払っているから大丈夫」

とは限りません。

その後に研修会社からお金が戻ってきていれば、

実質的な負担はどうなっているのか?

という問題が生じるからです。


8.実例④ 2024年にも同様の不正事案

この問題は突然出てきたものではありません。

厚生労働省は2024年12月にも、同様に訓練実施機関から入金を受け、それを訓練経費の原資とすることで、訓練経費を実質的に全額負担していなかった事業主について、不正受給事案を公表しています。

この事案では、

5つの労働局

が関係し、

支給決定済みの3事業所について、

  • 東京労働局:約495万円

  • 岐阜労働局:約990万円

  • 愛知労働局:約1,485万円

の返還が命じられています。

合計すると、

約2,970万円

です。

つまり、

「研修会社からお金を受け取っても、それは助成金とは別のお金だから問題ない」

という考え方は非常に危険です。

問題になるのは、

実質的に誰が訓練経費を負担したのか

だからです。


9.実例⑤ 191事業所、約20億円

そして、さらに規模の大きな事案が2025年12月に公表されました。

厚生労働省によれば、

191事業所

について人材開発支援助成金の不正受給が認定され、

返還命令の対象となった金額は、

約20億円

に上りました。

これは、一企業の単発的な不正という話ではありません。

訓練会社側が不正なスキームを考案し、それを申請事業主に提案するなどして関与していたとされています。

厚生労働省は2025年12月19日付で、30労働局において不正受給認定・返還命令・訓練会社名の公表を行いました。


10.返還できなかった会社もある

この事案でさらに注目すべきなのが、その後です。

2026年2月13日時点で、

全額返還済み:149事業所、約15億円

だった一方、

未返還:42事業所、約5億円

となっています。

未返還42事業所のうち、31事業所は分割返済予定とされています。

つまり、

「不正受給が認定されたら、会社がすぐにお金を返せばいい」

という簡単な話ではありません。

数百万円、数千万円、場合によっては億単位の返還となれば、会社の資金繰りに直接影響します。


11.実例⑥ 訓練会社にも約8,600万円の返還命令

さらに具体的な事例を見てみましょう。

大阪労働局が2025年12月19日に公表した事例では、

E株式会社

について、人材開発支援助成金の不正受給に関与した訓練実施者として公表されています。

大阪労働局管内の9社の事業所に関する申請について、

申請事業主に訓練経費の実質的な負担がない状態で助成金を申請させるスキーム

に関与したとされています。

返還を命じられた額は、

85,952,000円

でした。

約8,600万円です。

公表時点では未返還とされています。

ここで重要なのは、

申請した企業だけの問題ではない

ということです。

訓練を提供する側についても、不正受給への関与が問題になる可能性があります。


12.「研修会社から勧められた」は通用するのか?

ここは企業側が特に注意すべきポイントです。

例えば営業担当者から、

「実質無料で研修できます」

「助成金を使えば会社の負担はありません」

「一度支払っていただきますが、別途協力金をお支払いします」

などと説明されたとします。

経営者からすると、

「それなら社員研修をやってみよう」

となるかもしれません。

しかし、厚生労働省は現在、こうした不適正な勧誘について注意喚起しています。

神奈川労働局も、

「助成金を活用して従業員に訓練を実質無料で受けさせることができる」

などと謳う訓練機関やコンサルティング会社が存在するとして注意を呼び掛けています。

そして、

訓練経費を実際に全額負担していないのであれば、支給要件を満たさない

と明確にしています。


13.「無料研修」という言葉には要注意

人材開発支援助成金を利用するとき、

「無料」

という言葉が出てきたら、まず立ち止まるべきです。

もちろん、広告上の表現だけで直ちに不正受給になるわけではありません。

問題は、

なぜ無料なのか?

です。

例えば、

「研修費100万円」

↓

「会社が100万円を支払う」

↓

「国から助成金が60万円出る」

なら、会社には一定の自己負担があります。

しかし、

「研修費100万円」

↓

「会社が100万円支払う」

↓

「研修会社から別名目で100万円戻ってくる」

となれば話が変わります。

会社が実質的に負担した金額はいくらなのか。

ここが問題になります。


14.雇用調整助成金と人材開発支援助成金――不正の共通点

一見すると、両者は全く違う助成金です。

雇用調整助成金は、主に雇用維持を目的とした制度。

人材開発支援助成金は、従業員の訓練・能力開発を支援する制度です。

しかし、不正受給事例を見ると、共通点があります。

それは、

「書類上の形式」と「実際の経済的・労務的な実態」が一致していない

ということです。

雇用調整助成金

書類上:

「従業員を休業させた」

実態:

「実際には勤務していた」


人材開発支援助成金

書類上:

「会社が訓練経費を負担した」

実態:

「訓練会社から資金提供を受け、実質的な負担がなかった」


この違いです。

つまり、

助成金不正受給の本質は「書類をどう作ったか」ではなく、「実態がどうだったか」

にあります。


15.不正受給すると、会社はどうなる?

厚生労働省によれば、不正受給と認定された場合、

不正受給した助成金の全額返還

が必要です。

さらに、

不正受給日の翌日からの延滞金

と、

不正受給額の2割に相当する額

も納付する必要があります。

さらに、

不正受給決定日から5年間、雇用関係助成金を受給できません。

しかも、全額返納されていない場合には、その期間が延長されます。

そして公表基準に該当すれば、

事業主名・代表者名などが公表

されます。

つまり、

「もらった助成金を返せば終わり」

ではありません。


16.会社にとって本当に怖いのは「信用」

経営者が最も警戒すべきなのは、金額だけではありません。

会社名が公表されれば、

  • 取引先

  • 金融機関

  • 従業員

  • 求職者

  • 顧客

などから、その情報を見られる可能性があります。

特に現在は、会社名をインターネットで検索すれば過去の行政処分を確認できます。

一度ネット上に掲載された情報が、将来にわたって検索される可能性もあります。

助成金の不正受給は、

行政との金銭問題から、会社の信用問題へ発展する可能性がある

ということです。


17.「専門家に任せていたから大丈夫」は危険

助成金申請を社会保険労務士やコンサルタントなどに任せている企業もあるでしょう。

専門家に依頼すること自体は問題ありません。

しかし、

「全部任せているので、経営者は申請内容を確認しなくてもいい」

という考え方は危険です。

厚生労働省は、不正受給に関与した社会保険労務士、代理人、訓練実施機関についても、一定の場合に連帯返還義務や5年間の申請受理制限、公表などの措置を示しています。

企業側として重要なのは、

「誰が申請したか」ではなく、「申請内容が事実と一致しているか」

です。


18.経営者が確認すべき7つの質問

助成金を申請する前に、最低限これだけは確認しておきたいところです。

① 実際にその事実があるか?

「書類上そうなっている」ではなく、本当にその事実が存在するか。

② お金は誰が負担しているか?

特に人材開発支援助成金では重要です。

研修会社から、

  • 協力金

  • キャッシュバック

  • 謝礼

  • 値引き

  • 無料サービス

などを受けていないか確認します。

③ 申請書と会計資料は一致しているか?

申請書だけでなく、

  • 請求書

  • 領収書

  • 振込記録

  • 会計帳簿

などと一致しているか確認します。

④ 勤怠と申請内容は一致しているか?

雇用調整助成金などでは特に重要です。

⑤ 従業員本人に確認しても一致するか?

「会社の記録」だけではなく、実際に働いた従業員の認識とも一致するか。

⑥ 「実質無料」と言われていないか?

人材開発支援助成金では特に注意が必要です。

⑦ 「他社もやっている」と言われていないか?

これも非常に危険な営業トークです。

他社がやっていることと、自社が助成金の要件を満たしていることは別問題です。


19.「うちの会社も大丈夫?」と思ったら

過去に助成金を利用した企業は、一度申請内容を確認してみる価値があります。

特に次のような経験がある場合は注意が必要です。

  • 「研修費は実質無料です」と説明された

  • 研修会社からお金が戻ってきた

  • 「協力金」という名目で入金があった

  • 助成金を受けることを前提に研修契約をした

  • 申請書をほとんど確認せず署名した

  • 「この書類にこう書いてください」と言われた

  • 実際の勤務状況と申請内容が違う

  • 休業していない日を休業として申請した

  • 実際の賃金と申請書の金額が違う

このような場合は、

「今まで何も言われなかったから問題ない」

と判断しないことです。

過去の申請について疑問があるなら、まず事実関係を整理し、管轄の労働局などに相談することが重要です。

厚生労働省は、不正・不適正な受給について自主申告の仕組みも案内しています。労働局の調査前に自主申告し、迅速に全額返還した場合、一定の条件では事業主名の公表を原則として行わない取扱いがあります。ただし、重大・悪質なケースなどは例外です。


20.まとめ――助成金は「もらうこと」より「正しく使うこと」が重要

今回紹介した事例を整理すると、助成金の不正受給にはさまざまな形があります。

雇用調整助成金では

  • 休業していないのに休業したと申請

  • 実際より高い休業手当を支払ったと申請

  • 支払っていない休業手当を支払ったと申請

など。

人材開発支援助成金では

  • 訓練経費を実質的に負担していない

  • 訓練会社から資金提供を受けている

  • 協力金などで研修費を実質的に相殺している

  • 「実質無料」の研修を利用して助成金を申請する

などが問題になっています。

特に人材開発支援助成金では、2025年12月に191事業所、約20億円という大規模な不正受給事案が公表されました。

また、厚生労働省は現在、

「訓練経費は無料になりません」

と明確に注意喚起しています。

結局、助成金で最も重要なのは、

「どうすれば多くのお金をもらえるか」

ではありません。

「申請内容と会社の実態が完全に一致しているか」

です。

書類上だけ条件を整える。

実際には負担していない費用を負担したことにする。

実際には働いている従業員を休業扱いにする。

研修会社からお金を受け取っているのに、全額自己負担したことにする。

こうした行為は、実際に行政から不正受給として認定されています。

そして、問題が発覚すれば、

全額返還+延滞金+2割相当額+5年間の助成金利用制限+公表

という重大なリスクがあります。

助成金は、正しく利用すれば会社の成長を支える強力な制度です。

だからこそ、

「助成金を取れるか?」ではなく、「この申請は本当に事実なのか?」

という視点で申請することが、会社を守る最大のポイントになります。

そして、もし過去の申請について「少しおかしいかもしれない」と感じるなら、

何もせず放置する前に、事実関係を確認する。

これが経営者にとって最も重要な対応です。


厚生労働省助成金一覧